打算なんかで明日を選ぶな!

わざと齧っちゃったヤバいリンゴのお話

オーラスのSakuraのこと

セレネイが終わって、暗転。
普段なら10秒ほどの間、雷鳴が轟き、その雷が止んだ後、周囲がほのかに明るくなったときには和装から赤スーツに早替えが完了して、6人が横1列に並んでいるはずだった。

けれど。

セレネイが終わって、一瞬暗くなったものの雷鳴は鳴らず、10数秒あるはずのインターバルもなく明るくなって、始まったSakura。

ざわっとする客席。えっ早替えどうするの??

前奏のギターリフが始まってしまって、もう音楽が止まる気配はなかった。
私は上手前列にいたのだが、下手に誰かハケたのは見えた気がしたから、その中にはやしくんもいると思っていた。舞台中央には数名――おそらくコタとかめめあたり、早々とハケるのをあきらめたのかその場に残っていた。少し同様した空気感の中で、でもいち早く覚悟を決めたように、その場でお客さんをあおっていたのは、コタだったか。

やがてあの印象的なストリングスが始まるくらいのタイミングで、目の前の上手から、和装の襟元を直しながら、ものすごく苦々しい顔をしたりょーちゃんが戻ってきたことを鮮明に記憶している。苦笑い、というにはあまりにも苦々しい顔で、それはもはや怒りに近い感情にも見えた。ゆらーっと立ち位置に入ったかと思うと、りょーちゃんは突如ガシガシ踊り始めた。その表情で、これは演出の変更ではなく、トラブルに違いないと思った。

そしてその瞬間、えっ、全員いる??と舞台全体を見た。下手からはやしくんはハケたはずだけど、りょーちゃんみたいに戻ってきてるよね?と思って確認すると、3人いるはずの下手に、ひとつぽっかりと空白があった……うそでしょう?

えっ、どうするの…
曲は進む。5人で。このまま、1曲丸々出られないんだろうか。最後なのに?何よりこの曲は、3人から6人になる軌跡の曲なのに。この5人の時間がほんとにものすごく長く感じて、今でも思い出してぞっとする。

so tell me why?あたりだろうか。指差しながら3と3が交差する振りのあたりだったと記憶しているけど、はやしくんはそこでしれっと下手から合流した。3と3のフォーメーションが交差する少し前にフッと舞台袖に現れて、タイミングを計るように少し間を取った後、堂々と自分の場所へ入っていった。何事もなかったかのように、悔しがる様子などは微塵も見せず、最初から居ましたけど?みたいな、いたって普通の顔で。

下手から交差して、上手がThey3人になるサビ。涼しい顔で踊るはやしくんの手前で、りょーちゃんはガッシガシ、悔しさをぶつけるように踊っていた。手と手をぶつける振りで、ぶつけられた方の手が吹っ飛びそうな勢いで。そんなりょーちゃんを見ていると、涼しい顔で踊るはやしくんの胸のうちも、きっとこんな感情でいっぱいのはずだ、と思ってたまらなくなった。悔しくないわけがない。こんなこと思うべきじゃないのは分かってるけど、涼しい顔が唯一のプライドに見えて、痛かった。

大丈夫だよ、かっこいい!やりたかったことは分かってる!それをどうしても伝えたかった。かっこいいよ、楽しいよって伝えたくて、「その心に響け」の振りを、りょーちゃんと一緒にやった。ちょうど目の前にりょーちゃんがいたから。胸を2回トントンとたたいて、両手を差し出してその気持ちをふわっと空へ、いや、目の前の相手へ向けて、放った。
気のせいかもしれないけど、りょーちゃんはにこって笑って、そしてまたガシガシ踊り始めた。伝わったかもしれない、って少しだけ思って、そこで私の記憶は途切れている。

しばらくはトラウマになりそうな、Sakuraの記憶。